数ならばかからましやは世の中に
いと悲しきはしづのをだまき
- 歌の意味
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私が人並みの身であったなら、こんなことになっただろうか。世の中で本当に悲しいのは、倭文の苧環のように賤しい身であることだ。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1425
詞書「忍びて語らひける女の親、聞きていさめ侍りければ」
命と身のほどを詠む一連の三首目である。人並みの身分であればこうはならなかった、世の中で悲しいのは賤しい身であることだと詠む。詞書によれば、ひそかに通じていた女の親がそれを聞いて諫めたので詠んだ歌である。
作者の「参議篁」は小野篁である。参議小野岑守の子で、遣唐副使に任ぜられながら乗船を拒んで隠岐に流され、のちに許されて参議に至った。
初句「数ならば」は、人並みの数に入る身であったなら、の意である。
二句「かからましやは」の「まし」は反実仮想、「やは」は反語で、こんなことになっただろうか、いやならなかった、の意である。二句で切れる。
三句「世の中に」は、この世の中で、の意である。
四句「いと悲しきは」は、たいそう悲しいのは、の意である。
結句「しづのをだまき」の「しづ」は、古代の織物の「倭文」と、身分の低い「賤」を掛ける掛詞である。苧環は糸を巻いた玉で、倭文の苧環を引いて賤しい身を嘆く。前歌が恋しさに耐えかねたのに対し、この歌は恋を阻む身分の低さを嘆いている。
かず:数。人並みに数えられる身
しづ:古代の織物の「倭文」と、身分の低い「賤」を掛ける
をだまき:麻などの糸を巻いて玉にしたもの
- 作者
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小野篁
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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世の憂きも人のつらきも忍ぶるに 恋しきにこそ思ひわびぬれ
- 次の歌
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人ならば思ふ心を言ひてまし よしやさこそはしづのをだまき