人ならば思ふ心を言ひてまし
よしやさこそはしづのをだまき
- 歌の意味
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人並みの身であったなら、思う心を打ち明けもしようものを。ええ、ままよ、どうせ倭文の苧環のように賤しい身なのだ。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1426
詞書「題しらず」
命と身のほどを詠む一連の四首目である。人並みの身であれば思いを打ち明けもしようが、どうせ賤しい身なのだと、あきらめを込めて詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「藤原惟成」は、花山天皇の側近として権左中弁などを務め、天皇の退位と出家に従って出家した人物である。
初句「人ならば」は、人並みの身であったなら、の意である。前歌の初句「数ならば」と同じ仮定の形で始まる。
二句「思ふ心を」は、恋い慕う心を、の意である。
三句「言ひてまし」は、打ち明けもしようものを、の意で、「まし」は反実仮想である。三句で切れる。
四句「よしやさこそは」は、ええ、ままよ、どうせそうなのだ、の意で、あきらめの気持ちを表す。
結句「しづのをだまき」は、前歌と同じ結句で、「しづ」は「倭文」と「賤」を掛ける掛詞である。二首が同じ結句で結ばれ、前歌が身分の低さを悲しんだのに対し、この歌はそれを「よしや」と突き放して受け入れている。
しづ:古代の織物の「倭文」と、身分の低い「賤」を掛ける
をだまき:麻などの糸を巻いて玉にしたもの
- 作者
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藤原惟成
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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数ならばかからましやは世の中に いと悲しきはしづのをだまき
- 次の歌
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わが齢衰へゆけば白妙の 袖の馴れにし君をしぞ思ふ