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あはれなり昔の人を思ふには
昨日の野辺に御幸せましや

歌の意味
しみじみと心を動かされることだ。昔の人を思うのであれば、昨日のように野辺へ御幸などなさっただろうか。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 1438

詞書「円融院位去り給ひてのち、船岡に子日し給ひけるに参りて、あしたに奉りける」
 春の訪れを詠む一連の三首目である。昔を思う心があるならば、昨日のように野辺へ御幸などなさっただろうかと、円融院の心中を推し量って詠む。詞書によれば、円融院が譲位ののち船岡で子の日の遊びをした折に供奉し、その翌朝に奉った歌である。
 作者の「一条左大臣」は源雅信である。宇多天皇の孫で、敦実親王の子である。左大臣に至り、娘の倫子は藤原道長の正室となった。
 子の日の遊びは、正月の初めの子の日に野に出て小松を引き、若菜を摘んで長寿を願う行事である。船岡は京の北、今の京都市北区にある船岡山で、子の日の遊びの地として知られた。
 この歌には円融院の返しがあり、次歌に置かれている。

 初句「あはれなり」は、しみじみと心を動かされる思いをいい、ここで初句切れとなる。子の日の遊びの翌朝の感慨をまず述べている。
 二句「昔の人を」は、過ぎ去った昔にかかわる人をいう。次歌の返しの「昔を恋ふる」と対応する。
 三句「思ふには」は、思うのであれば、の意で、下句の仮定を導く。
 四句「昨日の野辺に」は、前日に子の日の遊びをした船岡の野をいう。
 結句「御幸せましや」は、反実仮想の「まし」に反語の「や」を添えた形で、御幸などなさっただろうか、いやなさらなかっただろう、の意となる。昔を思い沈む心であれば野遊びはしなかったはずだと、院の心を推し量っている。

ねのひ:正月の初めの子の日。野に出て小松を引き、長寿を願った
みゆき:上皇や天皇の外出。御幸、行幸と書く
くらゐさる:天皇が位を退く
作者
源雅信
出典
新古今和歌集
前の歌
山陰やさらでは庭に跡もなし 春ぞ来にける雪のむら消え
次の歌
ひきかへて野辺のけしきは見えしかど 昔を恋ふる松はなかりき