梅の花何ににほふらん見る人の
色をも香をも忘れぬる世に
- 歌の意味
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梅の花は、何のために美しく咲き匂っているのだろう。見る人が色も香も忘れてしまった世であるのに。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1446
詞書「上東門院世をそむき給ひにける春、庭の紅梅を見侍りて」
鶯と梅を詠む一連の六首目で、一連の終わりの歌である。見る人が色も香も忘れてしまった世に、梅の花は何のために咲き匂うのかと詠む。詞書によれば、上東門院が出家した年の春に、庭の紅梅を見て詠んだ歌である。
作者の「大弐三位」は藤原賢子である。藤原宣孝と紫式部の娘で、上東門院に仕え、後冷泉天皇の乳母となった。従三位に叙され、夫の高階成章が大宰大弐となったことから、この名で呼ばれる。
詞書の「上東門院」は、藤原道長の娘の彰子で、一条天皇の中宮である。万寿三年(1026)に出家した。
初句「梅の花」は、前歌まで三句に置かれてきた「梅の花」を初句に据え、梅を詠む一連を締めくくる。
二句「何ににほふらん」は、何のために咲き匂っているのだろうか、の意で、「らん」は現在推量である。ここで二句切れとなり、下句に理由が述べられる倒置の形をとる。
三句「見る人の」は、出家した上東門院と、そのもとに仕える人々をいう。
四句「色をも香をも」は、前歌の初句「色香をば」と重なる語である。花の色香とともに、世俗の華やぎを捨てた心を含む。
結句「忘れぬる世に」は、完了の助動詞「ぬ」の連体形「ぬる」で、すでに忘れてしまったことを示す。紅梅の美しさと、それを顧みない出家の世とが対比される。
にほふ:色が美しく照り映える。香りが立つ
よをそむく:出家する
- 作者
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藤原賢子
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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色香をば思ひも入れず梅の花 常ならぬ世によそへてぞ見る
- 次の歌
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春霞たなびきわたる折にこそ かかる山辺のかひもありけれ