- 歌の意味
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めでたい紫の雲でもなく、ただ春霞がたなびいているだけの山の谷間に、いったい何の甲斐があるというのか。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1448
詞書「御返し」
春霞を詠む一連の二首目で、前歌の藤原兼家の歌への円融院の返しである。紫の雲でもない春霞がたなびくだけの山の谷間に、何の甲斐があるのかと、兼家の言葉を切り返している。
作者の「円融院御歌」は円融天皇である。村上天皇の皇子で、兄の冷泉天皇の譲位を受けて即位し、のち花山天皇に位を譲った。
初句「紫の雲にも」の「紫の雲」は、めでたいしるしとされる瑞雲で、后の位になぞらえられることがある。
二句「あらで」は、打消の接続助詞「で」を用い、紫の雲ではなくて、の意となる。
三句「春霞」は、前歌の初句「春霞」をそのまま受けた語である。
四句「たなびく山の」は、前歌の「たなびきわたる」「山辺」を受けている。兼家の歌の語を一つずつ取り込みながら答えている。
結句「かひは何ぞも」は、前歌の結句「かひもありけれ」に対し、その甲斐とは何かと問い返す。同じ「かひ」の掛詞を用い、「ぞも」は強い疑問を表す。
かひ:山と山の間の狭い谷を指す「峡」と、効き目や値打ちを指す「甲斐」を掛ける
むらさきのくも:紫色の雲。めでたいしるしとされる瑞雲
- 作者
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円融院
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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春霞たなびきわたる折にこそ かかる山辺のかひもありけれ
- 次の歌
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道の辺の朽ち木の柳春来れば あはれ昔としのばれぞする