万代をふるにかひある宿なれば
みゆきと見えて花ぞ散りける
- 歌の意味
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万代を経て住むかいのあるこの宿なので、降り積もる深雪とも、めでたい御幸とも見えて、花が散ったことだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1453
詞書「高陽院にて花の散るを見てよみ侍りける」
桜を詠む一連の三首目である。万代を経るかいのある宿なので、散る花が深雪とも御幸とも見えると詠む。詞書によれば、高陽院で花の散るのを見て詠んだ歌である。
作者の「肥後」は、平安時代後期に仕えた女房歌人である。
高陽院は、藤原頼通が営んだ壮大な邸で、のちに里内裏としても用いられた。
この歌には二条関白内大臣の返しがあり、次歌に置かれている。
初句「万代を」は、限りなく長い年月をいい、宿の繁栄を祝う言葉である。
二句「ふるにかひある」の「ふる」は、年月を経る意の「経る」に、雪が降る意の「降る」を掛け、四句の「みゆき」の縁語となる。
三句「宿なれば」は、已然形に「ば」を添えた確定条件で、宿であるので、の意である。
四句「みゆきと見えて」の「みゆき」は、深く積もった雪を指す「深雪」と、貴人の外出を指す「御幸」を掛ける。散る花を雪に見立てつつ、御幸を迎えるにふさわしいめでたさを示している。
結句「花ぞ散りける」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びである。散る花を惜しむのではなく、宿の繁栄をことほぐものとして捉えている。
ふる:年月を経る意の「経る」と、雪が降る意の「降る」を掛ける
みゆき:深く積もった雪を指す「深雪」と、上皇や天皇の外出を指す「御幸」を掛ける
- 作者
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肥後
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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折りにこと思ひやすらん花桜 ありし御幸の春を恋ひつつ
- 次の歌
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枝ごとのすゑまで匂ふ花なれば 散るもみゆきと見ゆるなるらん