ふるさとと思ひなはてそ花桜
かかる御幸に逢ふ世ありけり
- 歌の意味
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さびれた古都だと思いきってしまうな、花桜よ。このような行幸に逢う世もあったのだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1457
詞書「建久六年東大寺供養に行幸の時、興福寺の八重桜盛りなりけるを見て、枝に結びつけて侍りける」
桜を詠む一連の七首目である。古都だと思い捨ててしまうな、このような行幸に逢う世もあったのだと、奈良の八重桜に呼びかける。詞書によれば、建久六年(1195)の東大寺供養に行幸があった折、興福寺の八重桜が盛りであるのを見て、その枝に結びつけられていた歌である。
作者は「よみ人しらず」で、名は伝わらない。
建久六年の東大寺供養は、源平の争乱で焼失した東大寺の再建を祝う法会で、後鳥羽天皇が行幸し、源頼朝も参列した。興福寺の八重桜は、『詞花和歌集』の伊勢大輔の歌「いにしへの奈良の都の八重桜今日九重に匂ひぬるかな」で名高い。
初句「ふるさとと」の「ふるさと」は、かつて都のあった地、古都をいう。平城京の置かれた奈良を指す。
二句「思ひなはてそ」は、「な…そ」の禁止の形に「果つ」を添え、すっかり思い込んでしまうな、の意となる。
三句「花桜」は、興福寺の八重桜への呼びかけである。ここで三句切れとなる。
四句「かかる御幸に」は、このたびの東大寺供養への行幸をいう。一連の前の歌に続き、花と御幸の取り合わせが詠まれている。
結句「逢ふ世ありけり」の「けり」は、今気づいた感動を表す。古都となってさびれた奈良にも、行幸に逢う晴れの世が巡ってきた喜びを示している。
ふるさと:かつて都のあった地。古都
くやう:仏や死者に供物をささげ、法会を行うこと
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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馴れ馴れて見しは名残の春ぞとも などしらかはの花の下陰
- 次の歌
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いさやまた月日のゆくも知らぬ身は 花の春とも今日こそは見れ