今は我吉野の山の花をこそ
宿の物とも見るべかりけれ
- 歌の意味
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世を捨てた今となっては、私は吉野の山の花をこそ、わが宿のものとして見るべきであったのだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1466
詞書「世をのがれてのち、百首歌よみ侍りけるに、花歌とて」
桜を詠む一連の十六首目である。出家した今となっては、吉野の山の花こそ、わが宿のものとして見るべきであったと詠む。詞書によれば、出家ののちに百首歌を詠んだ折、花の歌として詠まれた歌である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。藤原俊忠の子で、定家の父にあたる。皇太后宮大夫を務め、安元二年(1176)に出家した。『千載和歌集』の撰者である。
吉野山は大和の歌枕で、桜の名所として知られ、また世を捨てた人の隠れ住む地とされた。
初句「今は我」は、出家した今の自分をいう。俗世にあった昔と対比させる言い出しである。
二句「吉野の山の」は、桜の名所であり、隠棲の地でもある吉野山を示す。
三句「花をこそ」の「こそ」は係助詞で、結句の「けれ」で結ぶ。吉野の花を取り立てて強調する。
四句「宿の物とも」は、自分の住まいのものとして、の意である。世を捨てた身には、吉野の山の花こそがわが宿の花になるとする。
結句「見るべかりけれ」は、係助詞「こそ」を受けて已然形「けれ」で結ぶ係り結びである。「べかりけれ」は、見るべきであったのだ、と今気づいた思いを表す。前歌が浄土を西に求めたのに続き、出家の身の住むべき所を吉野の花に見出している。
やど:住まい。家
よをのがる:出家する。俗世を離れる
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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惜しめども常ならぬ世の花なれば 今はこの身を西に求めん
- 次の歌
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春来ればなほこの世こそしのばるれ いつかはかかる花を見るべき