春来ればなほこの世こそしのばるれ
いつかはかかる花を見るべき
- 歌の意味
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春が来ると、やはりこの世が慕わしく思われる。この世を去ったら、いつの世に、このような花を見ることができようか。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1467
詞書「入道前関白太政大臣家歌合に」
桜を詠む一連の十七首目である。春が来るとやはりこの世が慕わしく思われる、この世でなくていつこのような花を見られようかと詠む。詞書によれば、入道前関白太政大臣の家の歌合に出詠された歌である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。藤原俊忠の子で、定家の父にあたる。皇太后宮大夫を務め、安元二年(1176)に出家した。『千載和歌集』の撰者である。原文には作者名がなく、前歌の作者を受ける。
詞書の「入道前関白太政大臣」は九条兼実である。
初句「春来れば」は、已然形に「ば」を添えた確定条件で、春が来ると、の意である。
二句「なほこの世こそ」の「こそ」は係助詞で、三句の「るれ」で結ぶ。前歌で世を捨てた身の住む所を吉野に求めながら、なおこの世への思いが断ちがたいことを示す。
三句「しのばるれ」は、係助詞「こそ」を受けて自発の「る」の已然形「るれ」で結ぶ係り結びである。自然とこの世が慕わしく思われる、の意で、ここで三句切れとなる。
四句「いつかはかかる」は、反語の「か」で、いつの世にこのような、の意となる。
結句「花を見るべき」は、係助詞「か」を受けて連体形「べき」で結ぶ。この世を去れば二度とこのような花は見られないとし、花を理由にこの世を惜しむ心を表す。次歌もまた「この世」の語を用いて花をたたえる。
しのばる:自然と慕わしく思われる
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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今は我吉野の山の花をこそ 宿の物とも見るべかりけれ
- 次の歌
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照る月も雲のよそにぞ行きめぐる 花ぞこの世の光なりける