照る月も雲のよそにぞ行きめぐる
花ぞこの世の光なりける
- 歌の意味
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照り輝く月も、雲のかなたの遠いところを巡ってゆくものだ。花こそが、この世を照らす光であったのだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1468
詞書「同じ家の百首の歌に」
桜を詠む一連の十八首目である。照る月も雲のかなたの遠くを巡るもので、花こそがこの世の光であったと詠む。詞書によれば、前歌と同じ入道前関白太政大臣の家で詠まれた百首歌のうちの一首である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。藤原俊忠の子で、定家の父にあたる。皇太后宮大夫を務め、安元二年(1176)に出家した。『千載和歌集』の撰者である。原文には作者名がなく、前歌の作者を受ける。
この百首は、本巻巻頭の第千四百三十六首と同じく、九条兼実が右大臣であった治承二年(1178)に催した右大臣家百首を指す。
初句「照る月も」は、照り輝く月を示す。「も」によって、月でさえも、の含みを持たせる。
二句「雲のよそにぞ」の「よそ」は、遠く離れた所をいう。係助詞「ぞ」は三句の「めぐる」で結ぶ。
三句「行きめぐる」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形で結ぶ係り結びである。月は雲のかなたを巡るもので、この世から遠い存在であるとし、ここで三句切れとなる。
四句「花ぞこの世の」は、前歌の二句「なほこの世こそ」と同じく「この世」の語を用いる。遠い月に対し、花をこの世の身近なものとして取り立てる。
結句「光なりける」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びである。本来光を放つ月ではなく、花こそがこの世の光であったと今気づいた感慨を表す。上下の句で、月と花、天と地上の対比が作られている。
よそ:遠く離れた所。かけ離れた所
ゆきめぐる:巡ってゆく
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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春来ればなほこの世こそしのばるれ いつかはかかる花を見るべき
- 次の歌
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見せばやな志賀の唐崎麓なる 長等の山の春のけしきを