柴の戸ににほはん花はさもあらばあれ
ながめてけりな恨めしの身や
- 歌の意味
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粗末な柴の戸の庵に咲き匂う花は、どうであってもかまわない。それなのに、つい眺めてしまったことだ。恨めしいわが身よ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1470
詞書「題しらず」
桜を詠む一連の二十首目である。柴の戸の庵に咲く花はどうでもよいと思いながら、つい眺めてしまった我が身を恨めしく思うと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「前大僧正慈円」は、藤原忠通の子で、九条兼実の弟にあたる。天台座主を四度務め、史論書『愚管抄』を著した。原文には作者名がなく、前歌の作者を受ける。
初句「柴の戸に」の「柴の戸」は、柴で編んだ粗末な戸、またその戸を持つ隠者の庵をいう。出家の身の住まいである。
二句「にほはん花は」は、咲き匂うであろう花は、の意で、「ん」は婉曲を表す。
三句「さもあらばあれ」は、どうとでもなれ、の意で、字余りの句である。本巻の第千四百六十三首の初句「さもあらばあれ」と同じ句を用いる。経信の歌が散らない花のためには春の暮れもかまわないとしたのに対し、この歌は花そのものをかまわないと突き放す。
四句「ながめてけりな」は、完了の「て」と過去の「けり」に詠嘆の「な」を添え、それなのに眺めてしまったことだ、の意となる。花に心を寄せまいとしながら、思わず見入ってしまった自分への驚きである。
結句「恨めしの身や」は、形容詞の語幹に「の」を添えた形で、恨めしいわが身よ、と詠嘆する。花への執着を断ち切れない出家の身を嘆いている。
しばのと:柴で編んだ粗末な戸。また、隠者の住む粗末な庵
ながむ:じっと見つめる。物思いにふけりながら見る
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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見せばやな志賀の唐崎麓なる 長等の山の春のけしきを
- 次の歌
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世の中を思へばなべて散る花の わが身をさてもいづちかもせん