世の中を思へばなべて散る花の
わが身をさてもいづちかもせん
- 歌の意味
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世の中のことを思えば、すべては散る花のようなものだ。その散る花と同じわが身を、さてどこへやったらよいのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1471
詞書は前の歌に続き「題しらず」
桜を詠む一連の二十一首目である。世の中を思えばすべては散る花のようなもので、そのようなわが身をどこへやればよいのかと詠む。詞書は前の歌に続き題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「西行法師」は、俗名を佐藤義清という。鳥羽院に北面の武士として仕えたが、二十三歳で出家し、諸国を旅して多くの歌を残した。
初句「世の中を」は、世の中の全体を思いの対象として示す。
二句「思へばなべて」の「なべて」は、すべて、おしなべて、の意である。世の中のあらゆるものを散る花に重ねる。
三句「散る花の」の「の」は、…のような、の意で、四句の「わが身」にかかる。散る花とわが身とを同じはかないものとして結びつける。
四句「わが身をさても」の「さても」は、それにしても、さて、の意である。前歌で花を眺めてしまった身を恨んだのに続き、ここでは花と同じく散るわが身の行方を問う。
結句「いづちかもせん」は、係助詞「か」を受けて連体形「ん」で結ぶ係り結びである。どこへやったらよいのか、と行き場のないわが身を嘆く。
なべて:すべて。おしなべて
いづち:どこ。どちらの方向
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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柴の戸ににほはん花はさもあらばあれ ながめてけりな恨めしの身や
- 次の歌
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身はとめつ心は送る山桜 風のたよりに思ひおこせよ