- 歌の意味
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身はここにとどめたが、心はそちらへ送る。山桜よ、風のたよりに、私のことを思いやってよこしてくれ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1472
詞書「東山に花見にまかり侍るとて、これかれ誘ひけるを、さし合ふことありてとどまりて申しつかはしける」
桜を詠む一連の二十二首目で、一連の終わりの歌である。身はとどまったが心は送る、山桜よ風のたよりに思いをよこしてくれと詠む。詞書によれば、人々が東山へ花見に出かけるときに誘われたが、差し支えがあってとどまり、申し送った歌である。
作者の「安法法師」は、左大臣源融の曾孫で、俗名を源趁という。出家して、融の旧邸であった河原院に住んだ。
東山は、京の東に連なる山々をいう。
初句「身はとめつ」は、完了の「つ」で、身はとどめた、の意となり、初句で切れる。花見に行けなかった事情を簡潔に示す。
二句「心は送る」は、初句の「身は」と対をなし、身はとどまっても心は花のもとへ送るとする。ここで二句切れとなる。
三句「山桜」は、東山の山桜への呼びかけである。
四句「風のたよりに」は、風のついでに、風に託して、の意である。花を散らす風を、便りを運ぶものに転じている。
結句「思ひおこせよ」は、こちらへ思いをよこしてくれ、の意である。前歌が散る花に行き場のないわが身を重ねたのに対し、この歌は心を花に送り、花からの思いを求めて一連を結ぶ。
たより:ついで。機会。また、知らせ
おもひおこす:こちらへ思いを寄せてよこす
さしあふ:用事が重なる。差し支えがある
- 作者
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安法
- 出典
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新古今和歌集
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世の中を思へばなべて散る花の わが身をさてもいづちかもせん
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桜麻の麻生の浦波立ち返り 見れども飽かず山梨の花