- 歌の意味
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白波が越えているであろう末の松山は、春の夜の月の光のもとで、花のように見えているだろうか。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1474
詞書「橘為仲朝臣陸奥に侍りける時、歌あまたつかはし」
晩春の景物を詠む一連の二首目である。白波が越えているであろう末の松山は、春の夜の月のもとで花のように見えているだろうかと、陸奥にいる人を思って詠む。詞書によれば、橘為仲が陸奥にいた時、多くの歌を贈った中の一首である。
作者の「加賀左衛門」は、平安時代中期の女房歌人である。
詞書の「橘為仲朝臣」は、陸奥守として任国に下った歌人である。末の松山は陸奥の歌枕で、今の宮城県多賀城市にあたる。『古今和歌集』の東歌「君をおきてあだし心を我が持たば末の松山波も越えなむ」で知られ、波が越えることのない山として詠まれてきた。
初句「白波の」は、陸奥の海の白波を示す。白い色が四句の「花」と響き合う。
二句「越ゆらん末の」の「らん」は現在推量で、今ごろ越えているであろう、の意である。『古今和歌集』の東歌では決して越えないとされた波を、ここではあえて越えるものとして想像する。
三句「松山は」は、末の松山を主題として示す。
四句「花とや見ゆる」の「や」は疑問の係助詞で、結句を受けて連体形「見ゆる」で結ぶ。松山を越える白波が、月光のもとで白い花のように見えるかと問う。
結句「春の夜の月」は体言止めである。前歌の山梨の白い花に続き、白波を花に見立て、月の光のもとに置いている。次歌もまた結句を「春の夜の月」とする。
すゑのまつやま:陸奥の歌枕。波が越えることのないものとして詠まれた
- 作者
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加賀左衛門
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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桜麻の麻生の浦波立ち返り 見れども飽かず山梨の花
- 次の歌
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おぼつかな霞立つらん武隈の 松のくま漏る春の夜の月