世をいとふ吉野の奥の呼子鳥
深き心のほどや知るらん
- 歌の意味
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世を厭って入った吉野の奥で鳴く呼子鳥は、私の深い心のほどを知っているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1476
詞書「題しらず」
晩春の景物を詠む一連の四首目である。世を厭って入った吉野の奥で鳴く呼子鳥は、私の深い心のほどを知っているだろうかと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「法印幸清」は、鎌倉時代初期の僧で、法印の位にあった。
吉野山は大和の歌枕で、桜の名所として知られ、また世を捨てた人の隠れ住む地とされた。呼子鳥は、人を呼ぶように鳴くとされた春の鳥で、何の鳥を指すかは定かでない。
初句「世をいとふ」は、俗世を厭い離れることをいう。吉野の奥に入った身の心を示す。
二句「吉野の奥の」は、隠棲の地である吉野の山深い所をいう。本巻の第千四百六十六首が出家の身の住むべき所として吉野の花を詠んだのと、同じく吉野を世を捨てた人の地としている。
三句「呼子鳥」は、人を呼ぶように鳴く鳥である。世を離れた山奥で、なお人を呼ぶ声を聞くという対照がある。
四句「深き心のほどや」は、吉野の奥の深さと、世を厭う心の深さを重ねる。係助詞「や」は疑問を表す。
結句「知るらん」は、係助詞「や」を受けて連体形「らん」で結ぶ係り結びである。人を呼ぶ鳥が、人を離れた自分の心の深さを知っているかと問いかけている。
よぶこどり:人を呼ぶように鳴くとされた春の鳥
いとふ:嫌って避ける。俗世を離れる
- 作者
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幸清
- 出典
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新古今和歌集
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おぼつかな霞立つらん武隈の 松のくま漏る春の夜の月
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折にあへばこれもさすがにあはれなり 小田の蛙の夕暮の声