折にあへばこれもさすがにあはれなり
小田の蛙の夕暮の声
- 歌の意味
-
時節に合えば、これもやはりしみじみと心にしみる。田の蛙の、夕暮れに鳴く声は。
- 鑑賞
-
巻第十六 雑歌上 1477
詞書「百首歌奉りし時」
晩春の景物を詠む一連の五首目である。時節にかなえば、田の蛙の夕暮れの声もやはりしみじみと心にしみると詠む。詞書によれば、後鳥羽院に百首歌を奉った折の歌である。
作者の「前大納言忠良」は、摂政藤原基実の子である。大納言に至った。
初句「折にあへば」は、時節にかなうと、の意である。已然形に「ば」を添え、ふさわしい時に出会うことをいう。
二句「これもさすがに」の「これも」は、蛙の声のような取るに足りないものも、の含みを持つ。「さすがに」は、そうはいってもやはり、の意である。
三句「あはれなり」は、しみじみと心にしみる、の意で、ここで三句切れとなる。
四句「小田の蛙の」の「小田」は田をいい、「小」は語調を整える接頭語である。春の田で鳴く蛙を示す。
結句「夕暮の声」は体言止めである。前歌の吉野の奥の呼子鳥の声に続き、里の田で夕暮れに鳴く蛙の声を置き、鳥から蛙へと声の景物を移している。
をだ:田。「を」は語調を整える接頭語
かはづ:蛙
- 作者
-
藤原忠良
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
世をいとふ吉野の奥の呼子鳥 深き心のほどや知るらん
- 次の歌
-
春の雨のあまねき御代を頼むかな 霜に枯れゆく草葉もらすな