古典和歌stream

八重ながら色も変はらぬ山吹の
などここのへに咲かずなりにし

歌の意味
八重のままで色も変わらない山吹が、どうして九重の宮中には咲かなくなってしまったのでしょうか。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 1480

詞書「円融院位去り給ひてのち、実方朝臣、馬命婦と物語し侍りける所に、山吹の花を屏風の上より投げ越し給ひて侍りければ」
 晩春の景物を詠む一連の八首目である。八重のまま色も変わらない山吹が、どうして宮中に咲かなくなったのかと、譲位した円融院に問いかける。詞書によれば、円融院が譲位ののち、作者が馬命婦と語り合っていた所へ、院が屏風の上から山吹の花を投げ越したので詠んだ歌である。
 作者の「実方朝臣」は、藤原定時の子である。叔父の藤原済時の養子となり、左近衛中将となったが、陸奥守として任国に下り、その地で没した。
 詞書の「馬命婦」は宮中に仕えた女房である。
 この歌には円融院の返しがあり、次歌に置かれている。

 初句「八重ながら」は、八重咲きのままで、の意である。四句の「ここのへ」と数を対にしている。
 二句「色も変はらぬ」は、山吹の色が昔と変わらないことをいう。院の姿が在位の頃と変わらないことを重ねている。
 三句「山吹の」は、投げ越された山吹の花を示す。山吹は晩春の花で、一連の晩春の景物を受け継ぐ。
 四句「などここのへに」の「ここのへ」は、九つ重なる意と、宮中の意の「九重」を掛け、初句の「八重」と対をなす。
 結句「咲かずなりにし」は、疑問の「など」を受けて連体形「し」で結ぶ。八重より一重多い九重、すなわち宮中に院がもう咲かないことを惜しんでいる。

ここのへ:九つ重なる意と、宮中を指す「九重」を掛ける
やへ:花びらが幾重にも重なって咲くこと
作者
藤原実方
出典
新古今和歌集
前の歌
すべらぎの木高き陰に隠れても なほ春雨に濡れんとぞ思ふ
次の歌
ここのへにあらで八重咲く山吹の 言はぬ色をば知る人もなし