五月雨は真屋の軒端の雨そそき
あまりなるまで濡るる袖かな
- 歌の意味
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五月雨の頃は、真屋の軒端から落ちる雨垂れのように、あまりにもひどいほどに濡れる袖であることよ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1492
詞書「述懐百首の歌の中に、五月雨」
夏を詠む一連の十首目である。五月雨の頃は、真屋の軒端の雨垂れのように、あまりにもひどく濡れる袖であると詠む。詞書によれば、述懐百首のうち、五月雨の題で詠まれた歌である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。藤原俊忠の子で、定家の父にあたる。皇太后宮大夫を務め、安元二年(1176)に出家した。『千載和歌集』の撰者である。
述懐百首は、俊成が若い頃に、わが身の不遇を嘆く思いを込めて詠んだ百首歌である。上句は、催馬楽「東屋」の「東屋の真屋のあまりのその雨そそき我立ち濡れぬ殿戸開かせ」を踏まえる。
初句「五月雨は」は、陰暦五月の長雨を示す。前歌の「五月雨の空」を受け、同じ五月雨を詠む。
二句「真屋の軒端の」の「真屋」は、屋根を両側に葺き下ろした家をいう。催馬楽「東屋」の語をそのまま用いている。
三句「雨そそき」は、軒から落ちる雨垂れをいう。初句から三句までが、音の重なりによって四句の「あまり」を導く序詞となる。
四句「あまりなるまで」は、度を越すほどに、の意である。三句の「あまそそき」から「あまり」へと音を響かせ、雨垂れの多さと涙の多さを重ねる。
結句「濡るる袖かな」は、詠嘆の「かな」で結ぶ。前歌で晴れる間のない涙を詠んだのに続き、五月雨にまさる涙に濡れる袖を詠み、述懐の思いを込めている。
まや:屋根を両側に葺き下ろした家
あまそそき:軒から落ちる雨垂れ
さいばら:古代の民謡を雅楽の調べに合わせて歌った歌謡
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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五月雨の空だに澄める月影に 涙の雨は晴るる間もなし
- 次の歌
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独り寝る宿のとこなつ朝な朝な 涙の露に濡れぬ日ぞなき