思ひ出づる人もあらしの山の端に
ひとりぞ入りし有明の月
- 歌の意味
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私を思い出してくれる人もあるまいと思いつつ、嵐の吹く山の端に入る有明の月のように、ひとりで山に籠ったのだった。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1505
詞書「山里に籠り居て侍りけるを、人の訪ひて侍りければ」
月を詠む一連の七首目である。思い出してくれる人もあるまいと、嵐の吹く山の端に入る有明の月のようにひとりで山に籠ったと詠む。詞書によれば、山里に籠っていたところへ人が訪ねてきたので詠んだ歌である。
作者の「法印静賢」は、藤原通憲の子である。出家して法印の位に至った。
初句「思ひ出づる」は、自分を思い出してくれる、の意である。
二句「人もあらしの」の「あらし」は、人も「あらじ」の意と、「嵐」を掛ける。訪ねてくれる人もあるまいと思っていた心と、山に吹く嵐とを重ねる。
三句「山の端に」は、月の入る山の稜線をいう。前歌の「山の端」に続き、山の端に入る月を詠む。
四句「ひとりぞ入りし」は、係助詞「ぞ」を受けて過去の「き」の連体形「し」で結ぶ係り結びである。ひとりで山に入ったことを、月が山の端に入ることに重ねる。
結句「有明の月」は体言止めである。夜明けの空に残る月にわが身をたとえ、それでも訪ねてくれた人への感謝を言外に込めている。
あらし:「あらじ」の意と、「嵐」を掛ける
ありあけのつき:夜が明けても空に残る月
- 作者
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静賢
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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月をなど待たれのみすと思ひけん げに山の端は出でうかりけり
- 次の歌
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和歌の浦に家の風こそなけれども 波吹く色は月に見えけり