和歌の浦に家の風こそなけれども
波吹く色は月に見えけり
- 歌の意味
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和歌の浦に、私には歌の家の伝統というものこそないけれど、波を吹く風の趣は、月の光のもとにはっきり見えることだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1506
詞書「八月十五夜、和歌所にてをのこども歌つかうまつり侍りしに」
月を詠む一連の八首目である。和歌の浦に吹く家の風、すなわち歌の家の伝統こそ自分にはないが、波を吹く風の趣は月の光に見えると詠む。詞書によれば、八月十五夜に和歌所で男官たちが歌を詠んだ折の歌である。
作者の「民部卿範光」は、藤原範兼の子である。後鳥羽院の近臣として仕え、民部卿に至った。
和歌所は、建仁元年(1201)に後鳥羽院が院の御所に置いた役所で、『新古今和歌集』の撰進はここで進められた。和歌の浦は紀伊の歌枕で、今の和歌山市にあり、その名から和歌の道の象徴として詠まれた。
初句「和歌の浦に」は、歌枕の和歌の浦を示すとともに、和歌の道を表す。和歌所での詠歌にふさわしい言い出しである。
二句「家の風こそ」の「家の風」は、家に代々伝わる芸や伝統をいい、ここでは歌の家の伝統を指す。浦に吹く風と重ねている。
三句「なけれども」は、係助詞「こそ」を受けた已然形「なけれ」に逆接の「ども」を添えた形で、ないけれども、の意となる。歌の家の出ではないと謙遜している。
四句「波吹く色は」は、風が波を吹き立てる趣をいう。二句の「風」を受け、浦の景に戻している。
結句「月に見えけり」は、今気づいた詠嘆の「けり」で結ぶ。八月十五夜の名月の光に照らされて、和歌の浦の趣がはっきり見えるとし、和歌所に召された喜びを込めている。
いへのかぜ:家に代々伝わる芸や伝統
わかどころ:和歌の撰集などを行った役所
- 作者
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藤原範光
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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思ひ出づる人もあらしの山の端に ひとりぞ入りし有明の月
- 次の歌
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夜もすがら浦漕ぐ舟は跡もなし 月ぞ残れる志賀の唐崎