夜もすがら浦漕ぐ舟は跡もなし
月ぞ残れる志賀の唐崎
- 歌の意味
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一晩中浦を漕いでいた舟は、今は跡形もない。ただ月だけが残っている、志賀の唐崎に。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1507
詞書「和歌所歌合に、湖上月明といふことを」
月を詠む一連の九首目である。夜通し浦を漕いでいた舟は跡もなく、明け方の志賀の唐崎には月だけが残っていると詠む。詞書によれば、和歌所の歌合で、湖上月明の題で詠まれた歌である。
作者の「宜秋門院丹後」は、宜秋門院に仕えた女房歌人である。
宜秋門院は九条兼実の娘の任子で、後鳥羽天皇の中宮となった。志賀の唐崎は近江の歌枕で、琵琶湖の西岸にあり、唐崎の松で知られる。湖上月明は、湖の上に月が明るいという題である。
初句「夜もすがら」は、一晩中、の意である。夜通し続いた舟の往来を示す。
二句「浦漕ぐ舟は」は、湖の浦を漕いで行き来する舟をいう。
三句「跡もなし」は、舟の通った跡も残っていないことをいい、ここで三句切れとなる。漕ぎ去った舟の跡のないはかなさを詠む先例に、『拾遺和歌集』の沙弥満誓の「世の中を何にたとへん朝ぼらけ漕ぎ行く舟の跡の白波」がある。
四句「月ぞ残れる」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「残れる」で結ぶ係り結びである。舟の跡の消えた湖面に、月だけが残るという対照を示す。
結句「志賀の唐崎」は体言止めである。本巻の第千四百六十九首の二句「志賀の唐崎」と同じ地名を詠み、ここでは春の眺めではなく、明け方の湖上の月の景として描いている。
よもすがら:一晩中
あと:通り過ぎたしるし。跡
- 作者
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宜秋門院丹後
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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和歌の浦に家の風こそなけれども 波吹く色は月に見えけり
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山の端に思ひも入らじ世の中は とてもかくてもありあけの月