忘れじよ忘るなとだに言ひてまし
雲居の月の心ありせば
- 歌の意味
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私はけっして忘れまい。せめて「私を忘れないでくれ」とだけでも言っておきたいものだ。宮中の空に照る月に、心があるならば。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1509
詞書「永治元年、譲位近くなりて、夜もすがら月を見てよみ侍りける」
月に昔を思う一連の一首目である。自分は決して忘れまい、宮中の月に心があるなら、せめて忘れるなと言っておきたいと詠む。詞書によれば、永治元年(1141)、崇徳天皇の譲位が近づいた頃、一晩中月を見て詠んだ歌である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。藤原俊忠の子で、定家の父にあたる。皇太后宮大夫を務め、安元二年(1176)に出家した。『千載和歌集』の撰者である。
永治元年には、崇徳天皇が近衛天皇に位を譲った。
初句「忘れじよ」は、打消意志の「じ」に詠嘆の「よ」を添え、決して忘れまい、と自らの心を先に言い切る。
二句「忘るなとだに」は、禁止の「な」に「だに」を添え、せめて忘れるなとだけでも、の意となる。初句の「忘れじ」と「忘るな」を重ねて、互いに忘れまいという思いを表す。
三句「言ひてまし」は、反実仮想の「まし」で、言っておきたいものだ、の意である。ここで三句切れとなる。
四句「雲居の月の」の「雲居」は宮中をいい、宮中の空に照る月を示す。譲位を控えた崇徳天皇を月にたとえている。
結句「心ありせば」は、反実仮想の「せば」で、心があるならば、の意となる。月に心はないと知りながら語りかけ、帝との別れを惜しむ思いを託している。
くもゐ:宮中。また、はるかな空
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
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山の端に思ひも入らじ世の中は とてもかくてもありあけの月
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いかにして袖に光の宿るらん 雲居の月は隔ててし身を