淡路にてあはとはるかに見し月の
近き今宵は所からかも
- 歌の意味
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淡路島で、あれはと遥かに見た月が、今宵こんなに近く見えるのは、場所がらのせいであろうか。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1515
詞書「題しらず」
月に人を思う一連の二首目である。淡路で、あれはと遥かに見た月が、今宵近く見えるのは場所がらのせいかと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「躬恒」は、『古今和歌集』の撰者の一人である。凡河内躬恒といい、三十六歌仙の一人に数えられる。
淡路は淡路島をいい、瀬戸内海に浮かぶ島で、歌枕として詠まれた。
初句「淡路にて」は、淡路の地で、の意である。遠く離れた地で見た月を思い起こす。
二句「あはとはるかに」の「あは」は、「あれは」と指さす意で、初句の「淡路」の「あは」と音を重ねている。
三句「見し月の」は、過去の「し」で、かつて見た月の、の意である。
四句「近き今宵は」は、今宵は月が近く見えることをいう。二句の「はるかに」と対をなす。
結句「所からかも」の「所から」は、場所がら、その土地のせいで、の意で、「かも」は疑問と詠嘆を表す。前歌で旅先から都を思ったのに対し、遠く見た月と近く見る月を比べ、所による月の見え方の違いを詠んでいる。
ところから:場所がら。その土地の性質によって
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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都にも人や待つらん石山の 峰に残れる秋の夜の月
- 次の歌
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いたづらに寝ては明かせどもろともに 君が来ぬ夜の月は見ざりき