山里に月は見るやと人は来ず
空行く風ぞ木の葉をも訪ふ
- 歌の意味
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山里で月を見ているかと訪ねて来る人はいない。空を行く風だけが、木の葉にまで訪れて吹いてゆく。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1520
詞書「五十首歌奉りしに、山家月の心を」
月に人を思う一連の七首目で、この一連の終わりの歌である。山里で月を見ているかと訪ねて来る人はなく、空を行く風だけが木の葉まで訪れると詠む。詞書によれば、後鳥羽院に五十首歌を奉った折、山家月の題で詠まれた歌である。
作者の「前大僧正慈円」は、藤原忠通の子で、九条兼実の弟にあたる。天台座主を四度務め、史論書『愚管抄』を著した。
山家月は、山里の住まいで見る月という題である。
初句「山里に」は、人里離れた山中の住まいを示す。
二句「月は見るやと」は、月を見ているかと、の意である。本巻の第千五百十六首の詞書で、親しい人が「この頃の月は見るや」と問うたのと同じ問いを、ここでは誰も問いに来ないとする。
三句「人は来ず」は、人は来ない、と言い切り、ここで三句切れとなる。前歌の三句「人は来で」と同じく、訪れない人を詠む。
四句「空行く風ぞ」は、空を渡ってゆく風をいう。係助詞「ぞ」は結句の「訪ふ」で結ぶ。
結句「木の葉をも訪ふ」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「訪ふ」で結ぶ係り結びである。「も」によって、人の訪れはないが風は木の葉までも訪れる、という対比を示し、月に人を待つ一連を結んでいる。
とふ:訪れる。見舞う
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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月見ばと言ひしばかりの人は来で 真木の戸たたく庭の松風
- 次の歌
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有明の月の行方をながめてぞ 野寺の鐘は聞くべかりける