古典和歌stream

有明の月の行方をながめてぞ
野寺の鐘は聞くべかりける

歌の意味
有明の月が沈んでゆく行方を眺めながらこそ、野の寺の鐘の音は聞くべきものであったのだ。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 1521

詞書「摂政太政大臣、大将に侍りし時、月歌五十首よませ侍りけるに」
 有明の月を詠む一連の一首目である。有明の月の沈んでゆく行方を眺めながらこそ、野寺の鐘は聞くべきであったと詠む。詞書によれば、藤原良経が近衛大将であった頃、月の歌五十首を詠ませた折の歌である。
 作者の「前大僧正慈円」は、藤原忠通の子で、九条兼実の弟にあたる。天台座主を四度務め、史論書『愚管抄』を著した。原文には作者名がなく、前歌の作者を受ける。
 詞書の「摂政太政大臣」は藤原良経である。慈円の甥にあたる。

 初句「有明の月の」は字余りの句で、夜明けの空に残る月を示す。ここから有明の月を詠む歌が続く。
 二句「月の行方を」は、月が沈んでゆく先をいう。
 三句「ながめてぞ」は、眺めながら、の意で、係助詞「ぞ」は結句の「ける」で結ぶ。
 四句「野寺の鐘は」は、野中の寺で夜明けに撞く鐘をいう。月の沈む景と鐘の音とを取り合わせている。
 結句「聞くべかりける」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びである。西へ沈む月を眺めつつ暁の鐘を聞くことに、無常の思いを深める趣を今知ったと詠んでいる。

のでら:野中にある寺
ゆくへ:行く先
作者
慈円
出典
新古今和歌集
前の歌
山里に月は見るやと人は来ず 空行く風ぞ木の葉をも訪ふ
次の歌
山の端を出でても松の木の間より 心づくしの有明の月