月澄めば四方の浮雲空に消えて
深山隠れに行く嵐かな
- 歌の意味
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月が澄みわたると、四方の浮雲は空に消えて、深山の奥へと隠れるように吹き去ってゆく嵐であることよ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1525
詞書は前の歌に続き「熊野に詣で侍りし時、奉りし歌の中に」
有明の月を詠む一連の五首目である。月が澄むと四方の浮雲は空に消え、嵐は深山の奥へ隠れるように吹き去ってゆくと詠む。詞書は前の歌に続き、熊野に参詣した折、後鳥羽院に奉った歌のうちの一首である。
作者の「藤原秀能」は、藤原秀宗の子である。後鳥羽院に北面の武士として仕え、和歌所の寄人にも加えられた。原文には作者名がなく、前歌の作者を受ける。
熊野は紀伊の熊野三山をいい、院政期には上皇たちの参詣が盛んであった。
初句「月澄めば」は、已然形に「ば」を添えた確定条件で、月が澄むと、の意である。
二句「四方の浮雲」は、あたり一面の浮雲をいう。前歌の「峰の雲」を受けている。
三句「空に消えて」は字余りの句で、浮雲が空に消え去ることをいう。前歌で残っていた雲が、ここでは消える。
四句「深山隠れに」は、深い山の奥に隠れるように、の意である。雲を吹き払った嵐が山の奥へ去ってゆく。
結句「行く嵐かな」は、詠嘆の「かな」で結ぶ。前歌の残る雲から、雲が消えて月が澄む景へと移し、二首で一続きの山の月の景を描いている。
よも:四方。あたり一面
うきぐも:空に浮かび漂う雲
- 作者
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藤原秀能
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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奥山の木の葉の落つる秋風に 絶え絶え峰の雲ぞ残れる
- 次の歌
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ながめわびぬ柴の編戸のあけがたに 山の端近く残る月影