古典和歌stream

住み慣れし人影もせぬ我が宿に
有明の月の幾夜ともなく

歌の意味
住み慣れていた人の姿も見えなくなった我が家に、有明の月が、幾夜となく差し込んでくる。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 1529

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 有明の月を詠む一連の九首目である。住み慣れていた人の姿も見えなくなった我が家に、有明の月が幾夜となく差し込むと詠む。詞書は前の歌に続き題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者の「和泉式部」は、大江雅致の娘である。橘道貞の妻となって和泉式部と呼ばれ、のちに為尊親王、敦道親王と恋愛関係を結んだ。上東門院にも仕えた。

 初句「住み慣れし」は、住み慣れていた、の意で、かつてこの家に住んでいた人を示す。
 二句「人影もせぬ」は、人の姿も見えない、の意である。前歌の「来る人なし」を受け、今は誰もいない家を示す。
 三句「我が宿に」は、自分の住まいをいう。前歌の「宿の庭」を受けている。
 四句「有明の月の」は字余りの句で、前歌の初句「有明の」と同じく暁の月を示す。二句の「人影」と、月の「影」とが響き合う。
 結句「幾夜ともなく」は、何夜ともなく、の意である。人の影は絶えたのに月の光だけが夜ごと差し込むとし、前歌と同じく、人の来ない宿を訪れる月を詠んでいる。

ひとかげ:人の姿
いくよ:幾夜。多くの夜
作者
和泉式部
出典
新古今和歌集
前の歌
有明の月ばかりこそ通ひけれ 来る人なしの宿の庭にも
次の歌
すむ人もあるかなきかの宿ならし 蘆間の月の漏るにまかせて