すむ人もあるかなきかの宿ならし
蘆間の月の漏るにまかせて
- 歌の意味
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住む人もいるのかいないのかわからない宿であるらしい。蘆の間から漏れる月の光が、水に映るにまかせているところを見ると。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1530
詞書「家にて月照水といへる心を人々よみ侍りけるに」
有明の月を詠む一連の十首目で、この一連の終わりの歌である。蘆の間から漏れる月の光が水に映るにまかせているので、住む人もいるのかいないのかわからない宿であるらしいと詠む。詞書によれば、作者の家で人々が月照水の題で歌を詠んだ折の歌である。
作者の「大納言経信」は、権中納言源道方の子である。大納言に至り、晩年は大宰権帥として任地で没した。源俊頼の父にあたる。
月照水は、月が水を照らすという題である。
初句「すむ人も」の「すむ」は、「住む」と、月や水が「澄む」意を掛ける。住む人の有無と、澄んだ水と月とを重ねる。
二句「あるかなきかの」は、いるのかいないのか、の意である。前の二首の人の来ない宿、人影のない宿を受けている。
三句「宿ならし」の「らし」は、根拠をもった推定を表す。下句をその根拠として示し、ここで三句切れとなる。
四句「蘆間の月の」は、庭の池などに生えた蘆の間から見える月をいう。題の「水」を蘆の生える水辺として示す。
結句「漏るにまかせて」は、月の光が漏れ入るのにまかせて、の意である。有明の語はないが、人の手入れのない宿に漏れる月を詠み、前の二首の荒れた宿の月を受けて一連を結んでいる。
すむ:「住む」と「澄む」を掛ける
あしま:蘆の生えている間
らし:根拠をもって推し量る意を表す語
- 作者
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源経信
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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住み慣れし人影もせぬ我が宿に 有明の月の幾夜ともなく
- 次の歌
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思ひきや別れし秋にめぐり逢ひて またもこの世の月を見んとは