捨つとならば憂き世を厭ふしるしあらん
我見ば曇れ秋の夜の月
- 歌の意味
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世を捨てるというのならば、憂き世を厭うしるしがあるはずだ。私が見るならば曇ってくれ、秋の夜の月よ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1535
詞書は前の歌に続き「題しらず」
月にわが身を思う一連の五首目である。世を捨てるならば憂き世を厭うしるしがあるはずだから、私が見るときは曇ってくれ、秋の夜の月よと詠む。詞書は前の歌に続き題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「西行法師」は、俗名を佐藤義清という。鳥羽院に北面の武士として仕えたが、二十三歳で出家し、諸国を旅して多くの歌を残した。原文には作者名がなく、前歌の作者を受ける。
初句「捨つとならば」は字余りの句で、世を捨てるというのならば、の意である。
二句「憂き世を厭ふ」は、つらい俗世を嫌い離れることをいう。
三句「しるしあらん」は、そのしるしがあるだろう、の意である。世を捨てたのならば、美しいものに心を奪われないはずだとし、ここで三句切れとなる。
四句「我見ば曇れ」は、私が見るならば曇れ、と月に命じる形である。月の美しさに心ひかれる自分を戒めている。
結句「秋の夜の月」は体言止めで、呼びかけである。前歌が月の色に心を清く染めたと詠んだのに対し、ここでは月に心ひかれることさえ執着として退けようとし、出家の身の厳しい心構えを示している。
いとふ:嫌って避ける。俗世を離れる
しるし:あかし。効き目
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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月の色に心を清く染めましや 都を出でぬ我が身なりせば
- 次の歌
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ふけにける我が身の影を思ふ間に はるかに月の傾きにける