ながめても六十路の秋は過ぎにけり
思へば悲し山の端の月
- 歌の意味
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月を眺めながら過ごしても、六十年の秋は過ぎてしまった。思えば悲しいことだ、山の端に沈む月よ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1540
詞書「百首歌奉りしに」
月にわが身を思う一連の十首目である。月を眺めて過ごしても六十年の秋は過ぎてしまい、思えば山の端に沈む月が悲しいと詠む。詞書によれば、後鳥羽院に百首歌を奉った折の歌である。
作者の「藤原隆信朝臣」は、藤原為経の子である。母は美福門院加賀で、似絵の名手として知られた。
初句「ながめても」は、月を眺めて過ごしても、の意である。
二句「六十路の秋は」の「六十路」は六十歳をいう。前歌の「五十路」を受け、さらに十年を重ねた身を示す。
三句「過ぎにけり」は、過ぎてしまったことだ、と言い切り、ここで三句切れとなる。
四句「思へば悲し」は、思えば悲しい、の意である。前歌が迷いの闇を嘆くまいとしたのに対し、ここでは素直に悲しみを述べる。
結句「山の端の月」は体言止めである。山の端に沈もうとする月に、残り少ない自分の命を重ねている。
むそぢ:六十歳
やまのは:山の稜線。空と接する山の輪郭
- 作者
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藤原隆信
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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秋を経て月をながむる身となれり 五十路の闇を何嘆くらん
- 次の歌
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心ある人のみ秋の月を見ば 何を憂き身の思ひ出にせん