心ある人のみ秋の月を見ば
何を憂き身の思ひ出にせん
- 歌の意味
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情趣を解する人だけが秋の月を見るものであるならば、そうでないつらい身の私は、いったい何を思い出にすればよいのだろう。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1541
詞書「題しらず」
月にわが身を思う一連の十一首目である。情趣を解する人だけが秋の月を見るものならば、つらい身の自分は何を思い出にすればよいのかと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「源光行」は、源光季の子である。河内守などを務め、『源氏物語』の本文を校訂したことで知られる。
初句「心ある」は、物の情趣を解する、の意である。
二句「人のみ秋の」は、そういう人だけが秋の、の意である。
三句「月を見ば」は、月を見るのならば、の仮定である。
四句「何を憂き身の」は、何をつらいわが身の、の意で、反語の「何」で問いかける。自分を「心ある人」とは異なる者として謙遜している。
結句「思ひ出にせん」は、思い出にしようか、の意である。前の歌々が月に老いを思ったのに続き、つらい身にとって秋の月だけが生涯の思い出であるという思いを、逆説的に示している。
こころあり:物の情趣や道理をわきまえている
うきみ:つらいことの多いわが身
- 作者
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源光行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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ながめても六十路の秋は過ぎにけり 思へば悲し山の端の月
- 次の歌
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身の憂さを月やあらぬとながむれば 昔ながらの影ぞ漏り来る