和歌の浦に月のいでしほのさすままに
夜鳴く鶴の声ぞ悲しき
- 歌の意味
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和歌の浦に、月が出て、出潮が満ちてくるにつれて、夜に鳴く鶴の声が悲しく聞こえることだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1556
詞書「和歌所歌合に、海辺月といふことを」
海辺の月を詠む一連の三首目である。和歌の浦に月が出て、出潮が満ちてくるにつれて、夜鳴く鶴の声が悲しいと詠む。詞書によれば、和歌所の歌合で、海辺月の題で詠まれた歌である。
作者の「前大僧正慈円」は、藤原忠通の子で、九条兼実の弟にあたる。天台座主を四度務め、史論書『愚管抄』を著した。
和歌所は、建仁元年(1201)に後鳥羽院が院の御所に置いた役所で、『新古今和歌集』の撰進はここで進められた。和歌の浦は紀伊の歌枕で、『万葉集』の山部赤人の歌「若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る」で名高い。
初句「和歌の浦に」は、紀伊の歌枕の和歌の浦を示す。本巻の第千五百六首の初句と同じ句で、ともに和歌所での詠である。
二句「月のいでしほの」は字余りの句である。「いでしほ」は、月が「出」る意と、満ちてくる潮の「出潮」を掛ける。
三句「さすままに」は、潮が満ちてくるにつれて、の意である。「さす」は、潮が満ちる意とともに、月の光が差す意にも通う。
四句「夜鳴く鶴の」は、夜に鳴く鶴をいう。赤人の歌で潮の満ちるにつれ葦辺へ鳴き渡った鶴を、夜の月のもとに置いている。
結句「声ぞ悲しき」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「悲しき」で結ぶ係り結びである。前歌の月の傾くのを恨む鶴に続き、月の出とともに鳴く鶴の声の悲しさを詠んでいる。
いでしほ:月が「出」る意と、満ちてくる潮の「出潮」を掛ける
さす:潮が満ちる。光が差す
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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難波潟潮干にあさる葦鶴も 月傾けば声の恨むる
- 次の歌
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藻塩汲む袖の月影おのづから よそに明かさぬ須磨の浦人