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藻塩汲む袖の月影おのづから
よそに明かさぬ須磨の浦人

歌の意味
藻塩を汲む濡れた袖に映る月の光を、おのずから他人事とはせずに、共に夜を明かす須磨の浦人よ。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 1557

詞書は前の歌に続き「和歌所歌合に、海辺月といふことを」
 海辺の月を詠む一連の四首目である。藻塩を汲む濡れた袖に月が映るので、須磨の浦人は月をおのずから他人事とせず、共に夜を明かすと詠む。詞書は前の歌に続き、和歌所の歌合で海辺月の題で詠まれた歌である。
 作者の「定家朝臣」は、藤原俊成の子である。『新古今和歌集』の撰者の一人で、のちに『新勅撰和歌集』を単独で撰んだ。
 須磨は摂津の歌枕で、在原行平や『源氏物語』の光源氏がわび住まいをした地として知られる。『古今和歌集』の行平の歌「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩垂れつつわぶと答へよ」以来、藻塩と涙を重ねて詠まれた。

 初句「藻塩汲む」は、塩を作るために海水を汲むことをいう。須磨の浦の海人の営みを示す。
 二句「袖の月影」は、海水に濡れた袖に映る月の光をいう。行平の歌以来、藻塩の滴りは涙を思わせる。
 三句「おのづから」は、自然と、ひとりでに、の意である。
 四句「よそに明かさぬ」は、月をよそ事として夜を明かすことがない、の意である。袖に月が宿るので、浦人は月と共に夜を明かすことになる。
 結句「須磨の浦人」は体言止めである。前歌の和歌の浦に続いて須磨の浦を置き、海辺で働く人の袖にまで月が宿るとして、わびしい浦の月の趣を詠んでいる。

もしほ:海藻に海水を注いで作る塩。またその海水
うらびと:海辺に住む人
作者
藤原定家
出典
新古今和歌集
前の歌
和歌の浦に月のいでしほのさすままに 夜鳴く鶴の声ぞ悲しき
次の歌
明石潟色なき人の袖を見よ すずろに月も宿るものかは