明石潟色なき人の袖を見よ
すずろに月も宿るものかは
- 歌の意味
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明石潟の月よ、風流を解さない私の袖を見よ。わけもなく月が宿るものだろうか、涙に濡れているからこそ宿るのだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1558
詞書は前の歌に続き「和歌所歌合に、海辺月といふことを」
海辺の月を詠む一連の五首目である。風流を解さない者の袖を見よ、わけもなく月が宿るだろうか、涙に濡れているからこそ宿るのだと詠む。詞書は前の歌に続き、和歌所の歌合で海辺月の題で詠まれた歌である。
作者の「藤原秀能」は、藤原秀宗の子である。後鳥羽院に北面の武士として仕え、和歌所の寄人にも加えられた。
明石潟は播磨の歌枕で、明石の浦の干潟をいい、月の名所として知られた。
初句「明石潟」は、播磨の歌枕の明石潟を示す。「明石」の名に、月の明るさが響く。
二句「色なき人の」の「色なき人」は、物の情趣を解さない人をいい、作者自身を謙遜していう。
三句「袖を見よ」は命令形で、袖を見よ、の意となり、ここで三句切れとなる。
四句「すずろに月も」の「すずろに」は、わけもなく、むやみに、の意である。
結句「宿るものかは」は、反語の「かは」で、宿るものだろうか、いや宿りはしない、の意となる。前歌で浦人の袖に月が宿ったのに対し、風流を解さない者の袖にさえ月が宿るのは涙に濡れているからだと、わが身の悲しみを示している。
すずろなり:わけもない。むやみだ
いろなし:物の情趣を解さない
- 作者
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藤原秀能
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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藻塩汲む袖の月影おのづから よそに明かさぬ須磨の浦人
- 次の歌
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ながめよと思はでしもや帰るらん 月待つ波の海人の釣舟