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雲かかる遠山畑の秋されば
思ひやるだに悲しきものを

歌の意味
雲のかかる遠い山の畑に秋が来ると、そこに住む人のことを思いやるだけでも悲しいのに、まして住む人はどれほどであろう。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 1562

詞書「題しらず」
 秋の景物に寄せて述懐する一連の三首目である。雲のかかる遠い山の畑に秋が来ると、思いやるだけでも悲しいのに、そこに住む人はどれほどかと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者の「西行法師」は、俗名を佐藤義清という。鳥羽院に北面の武士として仕えたが、二十三歳で出家し、諸国を旅して多くの歌を残した。

 初句「雲かかる」は、雲のかかった、の意である。山の高く遠いさまを示す。
 二句「遠山畑の」は、遠くの山にある畑をいう。人里離れた山の暮らしを思わせる。
 三句「秋されば」は、秋になると、の意である。「さる」は季節が移って来ることをいう。
 四句「思ひやるだに」の「だに」は、…さえ、の意である。遠くから思いやるだけでも、と程度の軽いものを挙げる。
 結句「悲しきものを」は、逆接の「ものを」で、悲しいのに、の意となる。まして住む人の悲しみはどれほどかという思いを言外に残し、前の二首の俊成の老いの述懐を受けて、山里の秋のわびしさを詠んでいる。

とほやまばた:遠くの山にある畑
さる:季節が移って来る
作者
西行
出典
新古今和歌集
前の歌
荒れわたる秋の庭こそあはれなれ まして消えなん露の夕暮
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風そよぐ篠の小笹のかりの世を 思ふ寝覚めに露ぞこぼるる