秋果つるはつかの山の寂しきに
有明の月を誰と見るらん
- 歌の意味
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秋も終わろうとする羽束の山の寂しさの中で、二十日過ぎの有明の月を、あなたは誰と一緒に見ているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1571
詞書「頼綱朝臣、津の国の羽束といふ所に侍りける時つかはしける」
秋の景物に寄せて述懐する一連の十二首目である。秋の果てる羽束の山の寂しさの中で、有明の月を誰と見ているのだろうかと、遠くにいる友を思いやる。詞書によれば、源頼綱が摂津国の羽束という所にいた時に贈った歌である。
作者の「前中納言匡房」は、大江成衡の子である。学者として知られ、権中納言、大宰権帥に至った。
詞書の「頼綱朝臣」は源頼綱である。羽束は摂津国の地名である。
初句「秋果つる」は、秋が終わろうとする、の意である。晩秋の寂しさを示す。
二句「はつかの山の」の「はつか」は、地名の「羽束」と、「二十日」を掛ける。二十日過ぎに見える有明の月を導く。
三句「寂しきに」は、寂しい中で、の意である。
四句「有明の月を」は字余りの句で、夜明けに残る月をいう。二十日過ぎの月は夜更けに出て明け方まで残る。
結句「誰と見るらん」は、現在推量の「らん」で、誰と見ているのだろうか、の意である。寂しい地にいる友を思いやり、前歌の老いの嘆きから、晩秋に離れた友を思う心へと移している。
はつか:地名の「羽束」と、「二十日」を掛ける
はつ:終わる
- 作者
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大江匡房
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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百年の秋の嵐は過ぐしきぬ いづれの暮れの露と消えなん
- 次の歌
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花薄秋の末葉になりぬれば ことぞともなく露ぞこぼるる