世の中にあきはてぬれば都にも
今は嵐の音のみぞする
- 歌の意味
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世の中に秋が果て、人も私に飽き果ててしまったので、都でも今は嵐の音ばかりがしている。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1574
詞書「返し」
秋の景物に寄せて述懐する一連の十五首目で、前歌の藤原実定の歌への藤原顕長の返しである。世の中に秋が果て、人も飽き果ててしまったので、都でも今は嵐の音ばかりがすると詠み、都もまた寂しいと答える。
作者の「前中納言顕長」は、藤原顕隆の子である。権中納言に至った。
初句「世の中に」は、世間全体をいう。
二句「あきはてぬれば」の「あき」は、季節の「秋」と、「飽き」を掛ける。秋が終わることと、世の人に飽きられて見捨てられることとを重ねる。
三句「都にも」は、都でも、の意である。前歌の「都もかくや」を受けている。
四句「今は嵐の」は、前歌の「嵐」を受けた語である。山里ばかりでなく都にも嵐が吹くとする。
結句「音のみぞする」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「する」で結ぶ係り結びである。訪れる人もなく嵐の音ばかりだとし、実定の問いに、都もまた寂しいと答えている。
あき:季節の「秋」と、「飽き」を掛ける
- 作者
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藤原顕長
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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夜半に吹く嵐につけて思ふかな 都もかくや秋は寂しき
- 次の歌
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移ろふは心のほかの秋なれば 今はよそにぞきくの上の露