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頼もしな野の宮人の植うる花
時雨るる月にあへずなるとも

歌の意味
頼もしいことだ、野宮に仕える人の植える花は。たとえ時雨の降る月に堪えきれずに枯れてしまうとしても。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 1576

詞書「長月の頃、野の宮に前栽植ゑけるに」
 秋の景物に寄せて述懐する一連の十七首目で、この一連の終わりの歌である。野宮に仕える人の植える花は頼もしい、たとえ時雨の降る月に堪えきれなくなるとしてもと詠む。詞書によれば、九月の頃、野宮に庭の草花を植えた折の歌である。
 作者の「源順」は、源挙の子である。梨壺の五人の一人として『後撰和歌集』の撰集に携わり、辞書『和名類聚抄』を編んだ。
 野宮は、伊勢の斎宮に選ばれた皇女が、伊勢に下る前に身を清めて過ごした仮の宮で、京の西の嵯峨野などに設けられた。

 初句「頼もしな」は、形容詞の語幹に詠嘆の「な」を添えて、頼もしいことだ、と初句で言い切る。
 二句「野の宮人の」は、野宮に仕える人々をいう。神に仕える清らかな場所の人々である。
 三句「植うる花」は、九月に植えた秋の草花をいう。ここで三句切れとなる。
 四句「時雨るる月に」は、時雨の降る月、すなわち冬の初めの十月をいう。花の衰える季節を示す。
 結句「あへずなるとも」は、堪えきれなくなるとしても、の意である。神に仕える人の植えた花は、冬を迎えても頼もしいとし、秋の述懐の一連を祝意で結んで、次の冬の歌へとつないでいる。

ののみや:斎宮となる皇女が伊勢に下る前に身を清めた仮の宮
せんざい:庭に植えた草木
あふ:堪える。こらえる
作者
源順
出典
新古今和歌集
前の歌
移ろふは心のほかの秋なれば 今はよそにぞきくの上の露
次の歌
山川の岩行く水も氷して ひとり砕くる峰の松風