春の日のながらの浜に舟とめて
いづれか橋と問へど答へぬ
- 歌の意味
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春の日の長い長柄の浜に舟を止めて、どれが長柄の橋かと尋ねても、答える者はいない。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1595
詞書は前の歌に続き「長柄の橋を詠み侍りける」
長柄の橋を詠む一連の二首目である。春の日の長い長柄の浜に舟を止め、どれが長柄の橋かと尋ねても答える者はいないと詠む。詞書によれば、長柄の橋を題として詠んだ歌である。
作者の「恵慶法師」は、平安時代中期の歌僧で、中古三十六歌仙の一人である。
初句「春の日の」は、春の日の長いことから、次の「ながら」を導く。
二句「ながらの浜に」には、春の日が長い、の意と、地名の「長柄」が掛けられている。前歌の「昔ながらの」に続き、同じ「ながら」の掛詞が用いられる。
三句「舟とめて」は、舟を止めて、の意である。長柄の浜に舟で訪ねてきたことを示す。
四句「いづれか橋と」は、どれが橋かと、の意である。「か」は疑問を表す。前歌では朽ちながらも橋柱が残っていたが、ここでは橋のありかさえ分からない。
結句「問へど答へぬ」は、尋ねても答えない、の意である。打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」で結ぶ連体止めで、橋の跡を知る者もいない寂しさを余情として残す。
ながら:春の日が長い、の意と、地名の長柄を掛ける
- 作者
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恵慶
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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年経れば朽ちこそまされ橋柱 昔ながらの名だに変はらで
- 次の歌
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朽ちにける長柄の橋を来て見れば 芦の枯れ葉に秋風ぞ吹く