朽ちにける長柄の橋を来て見れば
芦の枯れ葉に秋風ぞ吹く
- 歌の意味
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朽ちてしまった長柄の橋を訪ねて来て見ると、芦の枯れ葉に秋風が吹いている。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1596
詞書は前の歌に続き「長柄の橋を詠み侍りける」
長柄の橋を詠む一連の三首目である。朽ちてしまった長柄の橋を訪ねてみると、芦の枯れ葉に秋風が吹いていると詠む。詞書によれば、長柄の橋を題として詠んだ歌である。
作者の「後徳大寺左大臣」は藤原実定である。右大臣藤原公能の子で、左大臣に至った。藤原俊成の甥にあたる。
初句「朽ちにける」は、朽ちてしまった、の意である。完了の「に」と過去の「ける」を重ね、橋がすでに朽ち果てたことを示す。本巻の第千五百九十四首の「朽ちこそまされ」を受け、朽ちてゆく橋がついに朽ち果てた姿となる。
二句「長柄の橋を」は、一連の題である長柄の橋を正面から示す。
三句「来て見れば」は、やって来て見ると、の意である。前歌の舟で訪ねる趣向を受け、実際に訪れた目で景を描く。
四句「芦の枯れ葉に」は、枯れた芦の葉に、の意である。難波の芦を詠んだ第千五百九十三首とも、芦の語が響き合う。
結句「秋風ぞ吹く」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「吹く」で結ぶ係り結びである。橋の姿はなく、枯れ芦を鳴らす秋風だけが残る景で、長柄の橋の一連を閉じる。
くつ:腐ってぼろぼろになる
- 作者
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藤原実定
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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春の日のながらの浜に舟とめて いづれか橋と問へど答へぬ
- 次の歌
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沖つ風夜半に吹くらし難波潟 暁かけて波ぞ寄すなる