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須磨の浦の凪ぎたる朝はめもはるに
霞にまがふ海人の釣舟

歌の意味
須磨の浦の凪いだ朝は、はるか遠くまで見渡す春の海に、海人の釣舟が霞とまぎれて見える。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1598

詞書「春須磨の方にまかりて詠める」
 須磨を詠む一連の一首目である。須磨の浦の凪いだ朝は、見渡すかぎり遠くまで、海人の釣舟が霞と見分けがつかないと詠む。詞書によれば、春に須磨の方へ出かけて詠んだ歌である。
 作者の「藤原孝善」は、平安時代後期の歌人である。
 須磨は摂津国の海辺で、現在の神戸市須磨区にあたる。須磨の関が置かれた地で、浦風や塩焼き、千鳥とともに詠まれる歌枕である。

 初句「須磨の浦の」は、場所を須磨の浦に定める。前歌の難波から、さらに西の須磨へと移る。
 二句「凪ぎたる朝は」は、風がやんで海が静かになった朝は、の意である。前歌の夜半の風と暁の波に対し、ここでは凪いだ朝の海が描かれる。
 三句「めもはるに」には、目も遥かに、の意と、詞書の季節である「春」が掛けられている。
 四句「霞にまがふ」は、霞と見分けがつかない、の意である。春霞の中に釣舟がまぎれて見えるさまをいう。
 結句「海人の釣舟」は体言止めで、霞の中に浮かぶ釣舟の景を余韻として残す。

めもはる:目も遥か、の意と、季節の春を掛ける
まがふ:入りまじって見分けがつかなくなる
なぐ:風がやみ、波が静かになる
作者
藤原孝善
出典
新古今和歌集
前の歌
沖つ風夜半に吹くらし難波潟 暁かけて波ぞ寄すなる
次の歌
秋風の関吹き越ゆるたびごとに 声うち添ふる須磨の浦波