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須磨の関夢を通さぬ波の音を
思ひもよらで宿を借りける

歌の意味
須磨の関が、夢さえ通さない波の音のする所とは思いもよらずに、宿を借りたのだった。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1600

詞書「五十首歌詠みて奉りしに」
 須磨を詠む一連の三首目である。須磨の関は旅寝の夢も通さないほど波の音が高いところとは思いもよらず、宿を借りたと詠む。詞書によれば、五十首歌を詠んで奉った折の歌である。
 作者の「前大僧正慈円」は、関白藤原忠通の子で、九条兼実の弟である。天台座主を四度務め、史論『愚管抄』を著した。

 初句「須磨の関」は、摂津国の須磨に置かれた関所である。前歌の「関吹き越ゆる」を受けて、関そのものを初句に据える。
 二句「夢を通さぬ」は、夢を通さない、の意である。人を通さない関所に見立てて、波の音が眠りを妨げ、夢を結ばせないことをいう。「関」と「通す」は縁語である。
 三句「波の音を」は、前歌の「須磨の浦波」を受け、その波の音を眠りを妨げるものとして捉え直している。
 四句「思ひもよらで」は、思いもよらないで、の意である。「で」は打消しの接続助詞である。
 結句「宿を借りける」は、宿を借りたのだった、の意である。過去の助動詞「けり」の連体形「ける」で結ぶ連体止めで、眠れぬ夜を迎えた旅人の悔いを余情として残す。

とほす:関所などを通り抜けさせる
やど:旅先で泊まる所
作者
慈円
出典
新古今和歌集
前の歌
秋風の関吹き越ゆるたびごとに 声うち添ふる須磨の浦波
次の歌
人住まぬ不破の関屋の板びさし 荒れにし後はただ秋の風