春秋も知らぬ常磐の山里は
住む人さへや面変はりせぬ
- 歌の意味
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春も秋も知らない常磐の山里では、そこに住む人までも顔かたちが変わらないのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1617
詞書「題しらず」
常磐の山里を詠む一首で、前歌の季節を知らない富士の山を受けて、季節の移ろいを知らない山里へと移る。春も秋も知らない常磐の山里では、住む人さえも面変わりしないのだろうかと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「在原元方」は、在原棟梁の子で、業平の孫にあたる。『古今和歌集』の巻頭歌の作者である。
初句「春秋も」は、春も秋も、の意である。季節の移り変わりの代表として春秋を挙げる。
二句「知らぬ常磐の」は、季節を知らない常磐の、の意である。常磐は、いつまでも変わらない常緑のさまをいう。前歌の初句「時知らぬ」と同じく、「知らぬ」によって季節の移ろいのなさを示す。
三句「山里は」は、常緑の木々に囲まれた山里を主題として取り立てる。
四句「住む人さへや」の「さへ」は添加を表し、山里ばかりか住む人までも、の意となる。「や」は疑問の係助詞である。
結句「面変はりせぬ」は、係助詞「や」を受けて打消しの「ぬ」で結ぶ係り結びである。木々の変わらなさを、住む人の顔かたちにまで及ぼして推し量る、機知のある問いかけである。
ときは:いつまでも変わらないこと。常緑
おもがはり:顔つきが変わること
- 作者
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在原元方
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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時知らぬ山は富士の嶺いつとてか 鹿の子まだらに雪の降るらん
- 次の歌
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花ならでただ柴の戸をさして思ふ 心の奥もみよしのの山