厭ひてもなほ厭はしき世なりけり
吉野の奥の秋の夕暮
- 歌の意味
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世を厭って逃れて来ても、なお厭わしい世の中であったことだ。吉野の奥の秋の夕暮れは。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1620
詞書は前の歌に続き「題しらず」
吉野の山に籠ることを詠む一連の三首目である。世を厭って吉野の奥に入っても、なお厭わしい世であったと、吉野の奥の秋の夕暮れに思うさまを詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「藤原家衡朝臣」は、鎌倉時代初めの歌人である。
初句「厭ひても」は、世を厭って逃れても、の意である。「ても」は逆接の仮定を表す。
二句「なほ厭はしき」は、それでもやはり厭わしい、の意である。初句の「厭ひ」と二句の「厭はしき」を重ねて、逃れきれない思いを示す。
三句「世なりけり」は、世の中であったことだ、の意である。「けり」は気づきの詠嘆で、ここで句が切れる三句切れとなる。
四句「吉野の奥の」は、吉野の山の奥の、の意である。前の二首の吉野山を受け、さらに奥深くに入った場を示す。
結句「秋の夕暮」は体言止めで、寂しさの極まる時を置いて結ぶ。世を逃れた奥山にもなお憂いがあることを、秋の夕暮れの景に託している。
いとふ:嫌って避ける。世を捨てる
- 作者
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藤原家衡
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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吉野山やがて出でじと思ふ身を 花散りなばと人や待つらん
- 次の歌
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ひとすぢに慣れなばさても杉の庵に 夜な夜な変はる風の音かな