世の中を背きにとては来しかども
なほ憂きことはおほはらの里
- 歌の意味
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世の中を捨てようとしてここへ来たのだけれど、やはりつらいことは多い、大原の里であることよ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1628
詞書「能宣朝臣大原野に詣でて侍りけるに、山里のいとあやしきに住むべくもあらぬさまなる人の侍りければ、いづくわたりより住むぞなど問ひ侍りければ」
大原の里を詠む贈答の一首目である。世を捨てようとして来たが、やはりつらいことは多い大原の里だと詠む。詞書によれば、大中臣能宣が大原野に参詣した折、ひどく粗末な山里に、そこに住むとは思えない様子の人がいたので、どこから来て住んでいるのかと尋ねたところ、答えた歌である。
作者は「よみ人しらず」で、名は伝わらない。
大原野は山城国の地で、現在の京都市西京区にあたる。春日の神を迎えて祀った大原野神社がある。次歌の第千六百二十九首は、能宣の返歌である。
初句「世の中を」は、捨てる対象である世の中を示す。
二句「背きにとては」は、背こうと思っては、の意である。世を背く、すなわち出家や隠棲を思って来たことをいう。
三句「来しかども」は、来たけれども、の意である。過去の「し」に逆接の「かども」が付き、思いと現実のずれを示す。
四句「なほ憂きことは」は、やはりつらいことは、の意である。本巻の第千六百二十首の「厭ひてもなほ厭はしき世」と同じく、世を逃れた先にもなお憂いがあることを詠む。
結句「おほはらの里」の「おほはら」には、つらいことが「多かり」の意と、地名の「大原」が掛けられている。体言止めで、問いに答える形で地名を明かしている。
そむく:世を捨てる。出家する
おほはら:多い意と、地名の大原を掛ける
まうづ:神社や寺にお参りする
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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白露の朝夕べにおく山の 苔の衣は風もさはらず
- 次の歌
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身をばかつをしほの山と思ひつつ いかに定めて人の入りけん