山陰にすまぬ心はいかなれや
惜しまれて入る月もあるよに
- 歌の意味
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山陰に住まない心とは、いったいどういうものなのだろう。人に惜しまれながらも山に入ってゆく月さえある世であるのに。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1633
詞書は前の歌に続き「題しらず」
山に住む心を詠む一連の二首目である。人に惜しまれながら山の端に入る月さえあるのに、山陰に住もうとしない心はどういうものかと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は前歌に続き西行である。俗名を佐藤義清といい、鳥羽院の北面の武士であったが、二十三歳で出家した。
初句「山陰に」は、山の陰に、の意である。世を離れた山の住まいを示す。
二句「すまぬ心は」の「すま」には、山陰に「住む」の意と、月が「澄む」の意が掛けられている。
三句「いかなれや」は、どういうわけか、の意である。「や」は疑問を表し、ここで句が切れる三句切れとなる。
四句「惜しまれて入る」は、惜しまれながら山に入る、の意である。人に名残を惜しまれつつ山の端に沈む月を、世を惜しまれながら山に入る人に重ねている。
結句「月もあるよに」の「よ」には、「世」と、月の出る「夜」が掛けられている。倒置によって、山に入ろうとしない心を問う理由を結句で示す。前歌が住まずには知れないと説いたのを受け、ここでは山に住まない心を問うている。
やまかげ:山のかげになった所
すむ:住む意と、月が澄む意を掛ける
よ:世の意と、夜の意を掛ける
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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山深くさこそ心は通ふとも 住まで哀れを知らんものかは
- 次の歌
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立ち出でて爪木折りこし片岡の 深き山路となりにけるかな