立ち出でて爪木折りこし片岡の
深き山路となりにけるかな
- 歌の意味
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庵から出ては薪を折り取って来た片岡の道が、年を経て、深い山道となってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1634
詞書「山家送年といへる心を詠み侍りける」
山に住む心を詠む一連の三首目である。庵を出て薪を折り取って来た片岡が、年を経るうちに深い山道となってしまったと詠む。詞書によれば、「山家送年」の題によって詠まれた歌である。
作者の「寂蓮法師」は、俗名を藤原定長という。藤原俊成の甥で、その養子となった。『新古今和歌集』の撰者に選ばれたが、完成を見ずに没した。
初句「立ち出でて」は、庵から出て、の意である。
二句「爪木折りこし」は、薪を折り取ってきた、の意である。「こし」は「来」に過去の「し」が付いた形で、繰り返し通ったことを示す。
三句「片岡の」は、片側が切り立った小高い岡の、の意である。庵の近くの、浅い場所を示している。
四句「深き山路と」は、深い山道と、の意である。三句の片岡との対比で、年月の経過を示す。
結句「なりにけるかな」は、なってしまったことだ、の意である。木々が茂って浅い岡が深い山道となったことに、山家に送った長い年月を読み取っている。前の二首が山に住む心を説いたのに対し、住み続けた歳月の重みを景で示す。
つまぎ:薪にする小枝
かたをか:片側が切り立った小高い岡
やまが:山の中の家
- 作者
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寂蓮
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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山陰にすまぬ心はいかなれや 惜しまれて入る月もあるよに
- 次の歌
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奥山のおどろが下も踏み分けて 道ある世ぞと人に知らせん