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今はとて爪木こるべき宿の松
千代をば君と猶祈るかな

歌の意味
今はもう世を捨てた身として、薪に伐るべき山家の松であるが、その松の千代の齢を、君のものとしてやはり祈ることだ。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1637

詞書「山家松といふことを」
 山に寄せて君が代を詠む一連の三首目である。世を捨てた今は薪に伐るべき山家の松であっても、その千代の齢を君のものとしてなお祈ると詠む。詞書によれば、「山家松」の題によって詠まれた歌である。
 作者の「皇太后宮大夫俊成」は、藤原俊忠の子で、定家の父である。『千載和歌集』を撰んだ。出家して釈阿と名のった。

 初句「今はとて」は、今はもうこれまでと、の意である。出家して世を離れた身であることを示す。
 二句「爪木こるべき」は、薪として伐るべき、の意である。本巻の第千六百三十四首の「爪木折りこし」と同じく、山住まいの薪を詠む。
 三句「宿の松」は、山家の庭の松である。体言で句が切れる三句切れである。
 四句「千代をば君と」は、松の千代の齢を君のものとして、の意である。千年を生きるとされる松に、君の長寿を重ねる。
 結句「猶祈るかな」は、それでもなお祈ることだ、の意である。世を捨てた身でも君の千代を祈るという心を、「猶」で強めている。前歌の「猶君が代を」と、同じく「猶」によって君を思う心が続く。

つまぎ:薪にする小枝
こる:木を伐る
やまが:山の中の家
作者
藤原俊成
出典
新古今和歌集
前の歌
長らへて猶君が代をまつ山の 待つとせし間に年ぞ経にける
次の歌
われながら思ふかものをとばかりに 袖にしぐるる庭の松風