佐保川の流れ久しき身なれども
うき瀬にあひて沈みぬるかな
- 歌の意味
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佐保川の流れのように、長く続いてきた家の流れを受けた身であるけれども、つらい瀬に出あって沈んでしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1647
詞書「嘆くこと侍りけるころ」
川に寄せて身を嘆く一連の一首目である。佐保川の流れのように久しく続く家に生まれた身であるが、つらい瀬に出あって沈んでしまったと詠む。詞書によれば、嘆くことがあった頃の歌である。
作者の「知足院入道前関白太政大臣」は藤原忠実である。関白藤原師通の子で、関白太政大臣に至った。晩年は知足院に籠った。
佐保川は大和国の川で、奈良の春日山の麓から流れ出る。千鳥や川霧とともに詠まれる歌枕である。
初句「佐保川の」は、奈良の佐保川の、の意である。藤原氏の氏神である春日の地を流れる川で、家の流れをたとえる。
二句「流れ久しき」は、流れが長く続く、の意である。川の流れに、長く続く家の血筋を重ねる。
三句「身なれども」は、身であるけれども、の意である。「ども」は逆接の確定を表す。
四句「うき瀬にあひて」の「うき」には、「憂き」の意と、水に「浮き」の意が掛けられている。「流れ」「瀬」「沈む」とともに、川の縁語を連ねている。
結句「沈みぬるかな」は、沈んでしまったことだ、の意である。「浮き」と「沈み」を対にして、失意の身を嘆く。
うきせ:つらい境遇。憂き瀬と浮き瀬を掛ける
せ:川の浅く流れの速い所
- 作者
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藤原忠実
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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嵯峨の山千代の古道跡とめて また露分くるもちづきの駒
- 次の歌
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かかる瀬もありけるものを宇治川の 絶えぬばかりも嘆きけるかな