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かかる瀬もありけるものを宇治川の
絶えぬばかりも嘆きけるかな

歌の意味
このような喜びの瀬もあったというのに、宇治川の流れが絶えてしまうかと思うほどに、嘆いていたことだ。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1648

詞書「冬ごろ大将離れて嘆く事侍りける明くる年右大臣になりて奏し侍りける」
 川に寄せて身を嘆く一連の二首目である。このような喜びの瀬もあったのに、宇治川の流れが絶えるほどに嘆いていたと詠む。詞書によれば、冬に大将の職を離れて嘆いていたが、翌年右大臣となって天皇に奏上した歌である。
 作者の「東三条入道前摂政太政大臣」は藤原兼家である。右大臣藤原師輔の子で、道長の父にあたる。摂政太政大臣に至った。
 兼家は兄の兼通と不和で、右大将の職を解かれたが、兼通の没後、翌年に右大臣に任じられた。次歌の第千六百四十九首は、円融天皇の返歌である。

 初句「かかる瀬も」は、このような瀬も、の意である。「瀬」は、川の瀬と、喜びの折の意を重ねる。
 二句「ありけるものを」は、あったというのに、の意である。「ものを」は逆接の詠嘆を表す。
 三句「宇治川の」は、宇治川の、の意である。前歌の佐保川に続き、川に寄せて身の浮き沈みを詠む。
 四句「絶えぬばかりも」は、流れが絶えてしまうほどに、の意である。川の流れの絶えることに、家の命運の絶えることを重ねる。
 結句「嘆きけるかな」は、嘆いていたことだ、の意である。過去の「けり」と詠嘆の「かな」で結び、昇進を得た今から振り返って、かつての嘆きを語る。前歌が沈んだ身を嘆いたのに対し、ここでは浮かび上がった喜びが詠まれる。

せ:川の浅く流れの速い所。また、折や機会
そうす:天皇に申し上げる
作者
藤原兼家
出典
新古今和歌集
前の歌
佐保川の流れ久しき身なれども うき瀬にあひて沈みぬるかな
次の歌
昔より絶えせぬ川の末なれば 淀むばかりを何嘆くらん